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白内障手術のタイミングに悩む患者さんが増えています
「白内障と診断されたけれど、まだ手術は早いでしょうか?」
眼科医として診療していると、このような質問を毎日のように受けます。白内障は加齢に伴って水晶体が濁る病気で、80代以上ではほとんどの方が発症するとされています。視力低下やまぶしさなどの症状が現れ、日常生活に支障をきたすようになると手術が検討されます。
しかし、「手術のタイミング」については多くの患者さんが悩まれるポイントです。早すぎるのではないか、もう少し様子を見ても良いのではないか、と考える方も少なくありません。
手術機器の安全性向上により、現在の白内障手術は10分程度で終わる比較的安全な手術となっています。そのため「ライフスタイル白内障」という考え方も広がり、視力がまだ大きく低下していなくても、患者さんの生活スタイルに合わせて早めに手術を受けるケースも増えています。
一方で、「早すぎる手術にはリスクがあるのでは?」と不安を感じる方も多いでしょう。
この記事では、白内障手術の適切なタイミングについて、眼科専門医の立場から詳しく解説します。手術を早く受けるメリットとデメリット、そして患者さん一人ひとりに合った最適な時期の見極め方をお伝えします。
白内障とは?症状と進行について
白内障は、目の中の「水晶体」が濁ることで視界が悪くなる病気です。水晶体はカメラでいうレンズにあたる部分で、この部分が濁ると光がうまく網膜に届かなくなります。
主な症状としては以下のようなものがあります。
- 視力の低下(物が見えにくい)
- 霧がかかったように見える(霧視)
- まぶしく感じる(羞明)
- 色がくすんで見える
- ダブって見える(単眼複視)
- 眼鏡が合わなくなった(近視化、乱視化)
白内障の原因としては、加齢によるものが最も多いですが、外傷や遺伝、糖尿病などの全身疾患、紫外線や喫煙などの生活習慣もリスク因子とされています。
白内障は一度発症すると自然に治ることはありません。進行のスピードには個人差がありますが、放っておくと視界は次第にかすみ、視力が低下し、明暗の感覚や色の識別能力も低下していきます。
どうして白内障は進行するのでしょうか?
白内障は水晶体の「タンパク質変性」が原因です。イメージで言うならば「ゆで卵の白身が透明に戻らない」のと同じ現象が起きており、一度発症すると、自然治癒することはないのです。
白内障用の目薬は進行を遅らせる効果はありますが、濁りを元に戻して視力を回復させることはできません。そのため、白内障の治療は手術しか方法がないのが現状です。
白内障手術を早く受けるメリットとデメリット
白内障と診断されたとき、「すぐに手術を受けるべきか」「もう少し様子を見るべきか」という選択に迷われる方は多いでしょう。ここでは、早期に手術を受けるメリットとデメリットについて考えてみましょう。
早期手術のメリット
- 視力を早期に改善できる
- 多焦点レンズを使用すれば老眼も同時に矯正可能
- 日常生活や仕事、趣味を快適に行える
- 転倒などの事故リスクを減らせる
- 手術が比較的容易(水晶体が硬くなりすぎていない)
特に注目したいのは、多焦点眼内レンズを使用した場合のメリットです。
現在では多焦点眼内レンズの登場により、白内障手術と同時に老眼の改善も可能になっています。40代後半~60代の方で、白内障の進行が見られたタイミングで多焦点レンズを選ばれる方が増えています。
「40代で白内障手術なんて早すぎない?」と思う方もいるかもしれませんが、多焦点眼内レンズは白内障を直すだけではなく老眼も改善できるメリットがあるのです。そのため、白内障を治療する目的以外に、老眼を治療する目的で手術を受けられる方も増えてきています。
早期手術のデメリット
- 手術後に長期的な合併症が発生するリスクがある
- 眼内レンズ脱臼のリスクが将来的に高まる可能性
- 後発白内障が起こる可能性がある
- 手術費用の負担(特に多焦点レンズを選択する場合)
最近注目されている問題として、眼内レンズ脱臼(眼内レンズが眼内で落下する現象)があります。これは術後数年から数十年後に発生する可能性があり、特に若いうちに白内障手術を受けた患者さんで注意が必要です。
眼内レンズ脱臼の原因としては、加齢や基礎疾患によるチン小帯(レンズを支える線維)の弱化、外傷などが挙げられます。
また、白内障手術後には「後発白内障」と呼ばれる状態が起こることがあります。これは残った水晶体の後嚢が濁る現象で、レーザー治療で対応可能ですが、追加の処置が必要になります。
白内障手術の最適なタイミングとは?
白内障手術の最適なタイミングは、患者さん一人ひとりの状況によって異なります。視力の数値だけで判断するのではなく、日常生活への影響や患者さんのニーズを総合的に考慮することが大切です。
症状から見て、手術が必要なケース
以下のような症状がある場合は、手術を検討するタイミングかもしれません。
- 見えにくさを自覚し、日常生活に不便を感じている
- まぶしさや霧視などの症状が強く出ている
- メガネの度数を変えても視力が改善しない
- 運転免許の更新に必要な視力が確保できない
- 趣味や仕事に支障が出ている
白内障の手術の1番のタイミングは「見えにくくなった時」です。
特に運転免許をお持ちの方は、更新時の視力基準を意識する必要があります。普通自動車の運転免許更新時の基準は、「左右とも0.3以上で、両眼で0.7以上」が必要です。片眼の視力が0.3未満の場合は、もう片方の眼の視力は0.7以上で視野が左右150度以上必要となります。
できるなら、両眼とも0.7以上見えるようにして、より安全に運転できる状態を維持することが望ましいでしょう。
眼科医から見て、手術が必要なケース
眼科医の立場からは、以下のような場合に手術をお勧めすることがあります。
- 白内障が進行し、眼底検査などの他の眼疾患の検査が困難になっている
- 白内障の進行により眼圧上昇や緑内障のリスクが高まっている
- 糖尿病網膜症など他の眼疾患の治療のために、眼底をクリアに見る必要がある
- 過熟白内障になり、合併症のリスクが高まっている
白内障が進行しすぎると、水晶体が硬くなりすぎて通常の手術手技では対応できなくなり、手術時間も長くなって目への負担が大きくなることがあります。
また、過熟白内障になると、眼内圧の上昇により緑内障やぶどう膜炎を引き起こす可能性もあります。
つまり、「早すぎる手術」にもリスクはありますが、「遅すぎる手術」にもリスクがあるのです。
白内障手術を先延ばしにするリスク
「まだ生活にそこまで支障がない」「手術は怖いからもう少し待ちたい」と白内障手術を先延ばしにしている方は少なくありません。しかし、白内障は進行性の病気であり、放置することで様々なリスクが高まる可能性があります。
手術の難易度が上がる
白内障が進行し、水晶体が硬くなりすぎると、通常の手術手技では対応できなくなることがあります。硬い水晶体を超音波で砕く際により多くのエネルギーが必要となり、角膜内皮細胞へのダメージが大きくなる可能性があります。
また、手術時間も長くなり、目の負担が大きくなります。手術の難易度が上がることで、合併症のリスクも高まります。
合併症リスクの上昇
白内障が進行して過熟白内障になると、水晶体の中身が液状化して漏れ出し、眼内の炎症を引き起こすことがあります。これにより、眼内圧の上昇、緑内障、ぶどう膜炎などの合併症リスクが高まります。
また、白内障が進行すると、他の眼疾患の検査や治療が困難になることもあります。例えば、糖尿病網膜症や加齢黄斑変性などの網膜疾患の早期発見や適切な治療が遅れる可能性があります。
日常生活への影響
白内障の進行により、以下のような日常生活への影響が深刻化することがあります。
- 運転免許が更新できなくなる
- 読書やテレビ視聴に支障が出る
- 外出や趣味を控えるようになる
- 転倒事故による骨折リスクが増す
- 生活の質の全体的な低下
特に高齢の方では、見えにくさが原因で転倒や事故に繋がるリスクもあります。視力が落ちたことで家族との会話や外出の機会が減り、生活の質が低下することもあります。
白内障の進行で最も見逃されやすいのが、「自分ではまだ見えているつもり」という感覚です。また、老眼と白内障が重なる時期もあるため、老眼だと思い込んでいるケースも少なくありません。
白内障手術に関するよくある質問
白内障手術を検討される方からよく受ける質問について、眼科医の立場からお答えします。
白内障手術のリスクについて
「手術のリスクが怖いです」というご心配をよく耳にします。
白内障手術は眼科手術の中でも最も頻繁に行われる手術の一つで、技術的にも確立されています。しかし、どんな手術にもリスクはあります。
主な合併症としては、感染症(術後眼内炎)、術後の眼圧上昇、角膜内皮細胞の減少、後発白内障、網膜剥離、眼内レンズの位置ずれなどがあります。
ただし、これらの合併症の発生率は非常に低く、多くの場合は適切な治療で対応可能です。術前の検査で合併症のリスクを評価し、個々の患者さんに合わせた手術計画を立てることで、リスクを最小限に抑えることができます。
手術の時期について
「まだ手術は早いと言われましたが、不便を感じています」という相談もよくあります。
白内障手術の時期は、視力の数値だけでなく、患者さんの生活スタイルや不便さの程度、他の眼疾患の有無などを総合的に判断します。不便を感じ始めたら、それが手術を検討するタイミングかもしれません。
現在のレンズは長期的に機能するため、昔のように手術をギリギリまで待つ必要はありません。レンズの素材や製法も進化し、耐久性が高まり、寿命も飛躍的に伸びています。
昔はレンズ寿命の関係から手術を遅らせる考えが主流でしたが、今は早期手術が推奨される時代になっています。
高齢者の手術について
「高齢ですが、手術は受けられますか?」というご質問もあります。
白内障手術は局所麻酔で行われ、手術時間も短いため、高齢の方でも安全に受けることができます。全身状態を確認した上で、必要に応じて内科医と連携しながら手術を行います。
加齢とともに手術リスクは高まりますが、高齢になるほど術後の見え方に慣れるのに時間がかかるため、リスクの低いうちに早めに手術を受けることが重要です。
老眼と白内障の関係について
「白内障は軽度ですが、老眼で苦労しています。手術で改善できますか?」というご質問もあります。
はい、多焦点眼内レンズを使用すれば、白内障が軽度でも老眼の改善を目的に手術を受けることが可能です。
白内障も老眼も「水晶体」の加齢変化によって起こる問題です。老眼は水晶体が硬くなり、ピント調節ができなくなる状態、白内障は水晶体が白く濁り、光を通しにくくなる状態です。
多焦点眼内レンズには色々な種類がありますが、白内障と同時に、老眼、近視、遠視、乱視を改善できることが最大の特徴です。1度の手術で複数の見え方の悩みを改善できますので、何度も手術を受ける必要がありません。
まとめ:患者さん一人ひとりに合った最適な時期を
白内障手術の最適な時期は、患者さん一人ひとりの状況によって異なります。視力の数値だけでなく、日常生活への影響や患者さんのニーズ、他の眼疾患の有無などを総合的に判断することが大切です。
早期手術のメリットとしては、視力の早期改善、多焦点レンズによる老眼矯正の可能性、日常生活の質の向上などがあります。一方、デメリットとしては、長期的な合併症のリスク、眼内レンズ脱臼の可能性、後発白内障の可能性などがあります。
白内障手術を先延ばしにするリスクとしては、手術の難易度の上昇、合併症リスクの増加、日常生活への影響の深刻化などがあります。
「まだ大丈夫」と思わず、生活の中で不便さを感じたら、それが”手術のサイン”かもしれません。レンズの進化により、手術を早く受けることのメリットも大きくなっています。
視界がクリアになることで、日常生活の快適さは大きく変わります。白内障でお悩みの方は、ぜひ一度眼科医に相談して、ご自身に最適な手術のタイミングを見つけてください。
当院では、患者さん一人ひとりの生活スタイルやニーズに合わせた白内障治療を提供しています。多焦点眼内レンズや乱視矯正レンズなど様々な種類のレンズを取り扱い、患者さんの要望に合わせた提案を行っています。白内障でお悩みの方は、お気軽に南船橋眼科にご相談ください。
経歴
- 筑波大学医学群医学類 卒業
- 東京都立多摩総合医療センター 臨床研修医
- 東京医科歯科大学医学部附属病院 眼科
- 東京都保健医療公社大久保病院 眼科
- 川口市立医療センター 眼科
- 川口工業総合病院 眼科
- 柏厚生総合病院 眼科
- 南船橋眼科 院長